チビチリガマとシムクガマ!?荒した少年も知らなかった歴史とは?

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『チビチリガマ』と『シムクガマ』??

名前を聞いただけでは、ほとんどの人は何のことやら??

という感じだと思います。

まずは『ガマ』という言葉ですが、沖縄の言葉で『洞窟』を意味します。

この2つの『ガマ』(洞窟)ですが、太平洋戦争の沖縄戦で悲惨な事故があった場所です。

今回少年たちが『チビチリガマ』の看板や千羽鶴を破壊したとして逮捕されました。

出典:headlines.yahoo.co.jp

少年たちは『チビチリガマ』の歴史をほとんど知らなかったと供述しています。

『チビチリガマ』とそれに対をなす『シムクガマ』の歴史とは何なのでしょう??

調べてみました。


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『チビチリガマ』と『シムクガマ』とは??

『チビチリガマ』と『シムクガマ』の2つの洞窟は繋がっています。

太平洋戦争中にこの2つの洞窟で同じような出来事が起き、全く違う結果になってしましました。

『チビチリガマ』

出典:oki-night.blogspot.jp

1945年沖縄の読谷村をアメリカ軍が襲いました。

住民の一部は『チビチリガマ』へと逃げ込むことになります。

アメリカ兵は戦闘を回避するために「安心して出てきなさい」といったビラや缶詰タバコなどを置いて降伏を誘ったようです。

しかし信じるものはなく、139名のうち自決する者が83名という悲惨な事故が起きた場所です。

そのうちの6割が18歳以下、残りは年寄りや女性ばかりでした。

当時の日本の情報や教育を考えれば、充分にありえる選択だったのでしょう。

現在『チビチリガマ』への内部へは、遺族会の移行により入ることはできません。

『シムクガマ』

出典:alpha-p.gr.jp

こちらの『シムクガマ』でも『チビチリガマ』同様のやり取りがアメリカ兵とありました。

しかしこちらのガマには英語がわかる住民がいたため、アメリカ兵の意向を性格に理解することができました。

住民たちは自決することなく降伏し、約1000人あまりの人が助かりました。

なんともやりきれない事実であります・・

という歴史を知らなかったという少年たちが『チビチリガマ』に破壊行為をしたのです。

沖縄のしかもガマ付近に住んでいる人間が、歴史を知らないということがあり得るのでしょうか??

仮に100歩譲って知らなかったとしても、『チビチリガマ』にはこのような看板があります。

出典:blog.livedoor.jp

少年たちは歴史を知らないどころか、字も読めないのでしょうか!?

侵入どころか遺骨や遺品にまで手をかけていたとのことです。

関係者の方の気持ちを考えるといたたまれません↓↓

亡くなった方にはご冥福をお祈りします。

ありがとうございました。


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Jiroです^^ 毎日気ままな生活送っています。 日常の気になった出来事をテキトーに記事にしてます(*^^*)
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